うみゆり日記(新)

錦見映理子の日記です

2021年を振り返って

今年ほど、死ぬかもしれないと思った年はなかったような気がするけど、忘れているだけだろうか。東日本大震災の余震に毎日のように襲われていた2011年もそうだったけど、あの頃はこわくて揺れるたびによく泣いていた。けど、今年は泣くこともできなかった。もっと鬱々としていた。こわい、というだけでなく、強い不安を抱えて、少しでもどきどきするような場面にも耐えられないメンタルになっていたらしく、映画を見るのも迷うほどだった。007のカーチェイス程度でしんどかったくらい。私は呼吸器系に軽い持病がある。感染したら死ぬだろうと思ったので、この夏はとにかく人に会わずコンビニ以外出かけることもできなかった。

夏に、病院にも行けず家で一人苦しみながら死んでいったひとたちがいたことが忘れられない。今年の漢字は「金」といわれて、ああ、お金がなくてみんな困った年ってことか、と思ったことも忘れたくない。人生でもっとも人に会わず、ひきこもり続けた夏だった。

秋にワクチンをやっと二回打ち終えて、久しぶりに人と会えるようになった。新刊の発売時期が決まったことを密かに打ち明けた友達とホテルでアフタヌーンティして、楽しすぎて店を出るたびに「帰りたくない」を互いに連発してそのまま別の店に入ってまたお茶する、というのを終電まで繰り返したりした。

そんな今年。記憶に残っていることを、思い出す順に挙げてみます。

・一月から、らじるラボオープニングコーナーが映画から短歌紹介コーナーにリニューアル。一年続いた。

・しかしまさかその後のゲストコーナーも、一年間電話でのやりとりになるとは想像していなかった。かなり無理を強いられた場面も多々あったがなんとか乗り切る。どれだけ大変だったかは誰にもわからないだろう。同番組出演も来春で丸二年。始まったとたん家からの出演になり、ゲストと三人でスタジオで話したことはただの一度きり。このままの状態で続けられる自信はそろそろなくなりそう。

・ラジオといえば、四月から「さくらひなたロッチの伸びしろラジオ」に短歌の講師として何度か出演。こちらも一時間の生放送で、もしらじるラボの経験がなかったらうまくできなかっただろうから、大変に耐えてきて良かった。こちらは常にスタジオに行ける(めちゃくちゃ広いため)のでやりやすくてありがたい。そしてご出演メンバーの歌が毎回びっくりするほど良くて、みんな打てば響くような頭の良さ。やはり芸能人とは選ばれし方々なのだなという感を強くする。

・そして、今年はなんといっても二冊目の小説が出ることが決まったのが一番嬉しいことだった。

これまでの詳細は本ブログにすでにいろいろ書いたので割愛するが、第一稿を書き上げたのは昨秋。それがどうなるのかは一月の段階ではまるでわからず、てちの出演映画「さんかく窓の外側は夜」を観るために立川に行った帰り、小雨のふる寒い中を三鷹で降りて太宰のお墓参りに行き、あなたの名前の賞をいただいた者ですが、次作が今年なんとか出るようにどうかお力添え下さいませんかと本気でお願いをしてきたくらい。

なぜそんなことをしたかというと、Twitterで見かけた某映画監督の方が、小津安二郎の墓参りに行ったら仕事がうまくいくようになって以来毎年お参りしてるみたいなことをつぶやいていたからだ。書き上げたあとはもう、お参りくらいしか私にできることはなかったわけです。

・夏に引きこもって不安だったと冒頭に書いたが、引きこもっていて良いこともあって、それは集中して書く時間が作れること。友達に会えるのは楽しいし大事なことだけれど、率直に言って、書く時間を削ってまで会いたい人はものすごく少ない。

・6月25日(てちの誕生日)にひらめきを得て書き始めた(それまでに下準備はしていた)受賞後三作目の小説を、夏までに半分弱書き、9月末までに終えるつもりが、三分の二までいったところで10月になってしまい、中断。10月末までに岡井隆歌集評を結社誌に書かねばならず、それにかかりきりになる。他にも原稿依頼がこの時期重なってしまい、結局11月半ばからやっと再開。しかしすぐ元に戻れない感じでなかなか進まず、やっと年末にスピードアップして山場を迎えて、イマココ。年内に終えることはできなかったけど、年明け一月中には終わるでしょう。終わらなければ。

・そんなわけで小説に関して総括すると、今年は春に一度、夏にもう一度、『恋愛の発酵と腐敗について』の10月の先行配信に向けて修正を行い、8月中は初校と再校ゲラを読んで赤入れをしながら新作を書いていた。新作は今までより筆力がアップした感覚があるのだが、これが面白いのかはまだよくわからない。そもそも終わってないし。

・なんかもっといろんなことがあったはずだが、こうして書いてみると、やはり思い出すのは小説のことばかり。

・来年2月に出る新刊のお知らせはまた改めて。本が出ることになった結果、暗くてどん底みたいな年だったわりに年末は明るい気持ちになれた。出なかったらどん底のままだったと思うとぞっとする。そんなの紙一重なのだ。また報告がてら、お墓参りに行こうと思う。今度は売れるようにお願いしてこなければならない。売れないと次が出せないのだ。お願いが尽きない。